音楽をペダルに浸す

作曲家は楽語以外の言葉を楽譜に添えることがしばしばあります。例えばマーラーの交響曲には細かな演奏指示のための長文があり、サティのピアノ曲には個性あふれる書き込みが随所に見られます。

エスプリの作曲家といわれるプーランクはピアノ曲に「baigné de pédales」という文言を添えています。直訳すると「ペダルを浴びる」ということになるようですが、これを意訳すると「音楽をペダルの響きに浸すように」ということになるのではないかと思います。曲を書く立場として大変共感できる言い回しなのですが、それはいったいどんな状態をいうのでしょう。


一般的に、ピアノのペダル(ダンパー・ペダル)は音を伸ばすために使う、というのがわかりやすい解釈ですが、結果として得られるのはその機能的効果だけではありません。「重なり合う響きで音楽を潤す」という大変大きな音楽的効果をもたらします。ピアノの箱を泉に例えるなら、“次々と生まれ出るあふれんばかりの響きで満たし潤す”といった表現ができるかと思います。

ピアノの中に頭を突っ込んで聞いてみると、ペダルを多く使用した曲では「折り重なって音の泉のように潤された響きの中にいる」といった体験ができるでしょう。

先日ご紹介した《小川の住人》はこのペダルの効果を利用した作品です。

また、《カマキリとの遭遇》は「ペダルの響きに浸かる」が副題となっています。

どうぞ聞いてみてください。


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